シンエヴァ ラストシーンとサブタイトルの意味 ループ世界終結

 今回は、シン・エヴァンゲリオン劇場版におけるラストエンディングシーンとサブタイトル「THRICE UPON A TIME」(スライスアポンアタイム)の意味について考察します。

シンエヴァラスト

宇部新川駅の3番プラットホーム

 ネオンジェネシスの後、真希波マリが砂浜に迎えに来たところで、碇シンジは駅のプラットホームで目覚めました。

 ネオンジェネシスの考察はこちら

 シンジが目覚めた駅は、山口県宇部市にある宇部新川駅です。

 宇部市は、庵野監督が生まれ育った町ですが、エンディングシーンが宇部新川駅にされたことは、何を意味するのでしょうか。

 エヴァンゲリオンシリーズでは、「始まりと終わりは同じ」というフレーズが度々使用されます。

 キール「始まりと終わりは同じところにある。よい、全てはこれでよい」

旧劇場版「まごころを、君に」 サードインパクト

 渚カヲル「始まりと終わりは同じというわけか。さすがリリンの王、シンジ君の父上だ」

エヴァンゲリオン新劇場版:Q (ニア)フォースインパクト

 庵野監督の始まりの地ある宇部新川駅をシンエヴァのラストシーンにすることで、「始まりと終わりは同じ」ということを表現したのではないかと思われます。

シンジとマリの年齢

 宇部新川駅において、シンジとマリは、共に年をとった姿になっていました。

 これは、ネオンジェネシスによって、シンジとマリの「エヴァの呪縛」が解け、実年齢どおりの肉体に戻ったためであると思われます。

 エヴァの呪縛の考察はこちら

 シンジは、破のラスト、ニアサードインパクトの際(14歳頃)に「エヴァの呪縛」にかかり、14年間初号機とともに封印されていましたので、実年齢である28歳程度の肉体になったということになります。

 マリは、破で登場した際、シンジと同じか、やや上くらいの年齢でしたが、「最強の拒絶タイプ」第10使徒戦で「エヴァの呪縛」にかかり、そこから14年が経過していますので、実年齢である28~30歳程度の肉体になったということになります。

 マリの正体と年齢の考察はこちら

DSSチョーカーを外した意味

 マリの首には既にDSSチョーカーが無かった一方、シンジの首にはDSSチョーカーが装着されていました。

 マリは、シンジの首からDSSチョーカーを外すと、ポケットにしまいました。

 この描写は、主人公であるシンジを通して、庵野監督や制作スタッフ達が、自分達の「エヴァの呪縛」をも断ち切り、エヴァの物語を終わらせたことを表現したもの思われます。

 DSSチョーカーの考察はこちら

シンジとマリは現実世界へ

 その後、シンジとマリは、電車には乗らず、階段を上り、宇部新川駅の外へ行きました。

 宇部新川駅の外は、実写の世界でした(庵野監督は、Twitterの質問企画にて、シンジとマリが向かった先は実在していた「喫茶らいぶ」であると明かされました。)。

 この描写は、シンジとマリが、ループするエヴァ世界(電車で表現)には戻らず、エヴァ世界を出て外の世界(現実世界)へ飛び出したこと、つまりエヴァンゲリオンの物語が終わったことを意味するものと思われます。

反対側ホームのカヲル、レイ、アスカ

 シンジとマリのいた3番ホームの反対側のホームには、カヲル、レイ、アスカがいました。

 3人の見た目は、アディショナルインパクト前、つまり補完前の姿のままでした(肉体年齢が少年少女のまま)。

 アディショナルインパクトの考察はこちら

 反対側のホームと、そこにいた補完前のカヲル、レイ、アスカの姿は、エヴァ世界を意味していたと思われます。

 シンジとマリは、3人に対しては目もくれず、宇部新川駅の外へ行ってしまいましたが、これは、庵野監督や制作スタッフ達がエヴァ世界にはもう未練がないことを表現したのではないかと考えます。

THRICE UPON A TIMEの意味とは

 シンエヴァのサブタイトルは、「THRICE UPON A TIME」(スライスアポンアタイム)ですが、どのような意味なのでしょうか。

元ネタ

 「THRICE UPON A TIME」は、J・P・ホーガン原作の星野之宜さんの漫画「未来からのホットライン」のサブタイトルで使用されており、これが元ネタであると言われています。

 童話などの始めによく出る「ONCE UPON A TIME」(ワンスアポンアタイム)は、直訳すると「あるとき」(UPON A TIME)「一度」(ONCE)という意味であり、「むかしむかし…」「昔一度あった話」というニュアンスになります。

 これをもじって「一度」(ONCE)を「三度」(THRICE)にしたのが「THRICE UPON A TIME」(スライスアポンアタイム)です。

 「昔三度あった話」という意味になるかと思います。

エヴァは繰り返し(ループ)の物語

 上記によれば、エヴァの物語は3回繰り返されたことになります。

 このことは、シンエヴァブルーレイのブックレットにも記載があります。

 「エヴァ」はくり返しの物語です。

 主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく物語です。

 わずかでも前に進もうとする、意思の話です。

 曖昧な孤独に耐え他者に触れるのが怖くても一緒にいたいと思う、覚悟の話です。

 同じ物語からまた違うカタチへ変化していく4つの作品を、楽しんでいただければ幸いです。

シン・エヴァンゲリオン劇場版 ブルーレイブックレット

 そして、「3回」とは、テレビアニメ版、旧劇場版、新劇場版を指していることも同ブックレットに記載されています(コミック版は、庵野監督の作品ではないために除かれているのだと思われます。)。

 庵野秀明はすでに2度、1995年10月4日から放送されたテレビシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」と、1997年7月19日に公開された「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」とで「エヴァの物語」を終わらせてきた。

 そして3度目の完結にあたる本作では、ポスター等のキャッチコピーが「さらば、全てのエヴァンゲリオン」と、「エヴァ世界」全体との訣別を宣言するかのようなものになっている。

シン・エヴァンゲリオン劇場版 ブルーレイブックレット

 以上をまとめると、テレビアニメ版、旧劇場版、新劇場版は、それぞれ別の世界(パラレルワールド)を繰り返しループしてきた過程だということが分かります。

 新劇場版は、新世紀版(テレビアニメ版、旧劇場版)のリビルド(再構築)作品とされていますが、新世紀版と新劇場版は全く別の物語ではなく、1つの繋がりのあるエヴァンゲリオンの物語だということです。

 このことは、シンエヴァのレイの補完シーン(ネオンジェネシスの直前)において、シンジとレイの背景スクリーンに、新世紀版の映像が描写されていたことでも表現されていました。

カヲルは特別な存在

 ところで、カヲルは、新劇場版の物語内において、新世紀版でもシンジが3番目(サードチルドレン)だったこと、新世紀版の結末ではシンジが幸せになれなかったことを知っていました。

 つまり、カヲルは、新劇場版の物語内において、新世紀版で起きたことを把握できていました。

 カヲル「また3番目とはね。変わらないな君は。会える時が楽しみだよ。碇シンジ君」

エヴァンゲリオン新劇場版:序 ラスト

 カヲル「さあ、約束の時だ、碇シンジ君。今度こそ君だけは、幸せにしてみせるよ」

エヴァンゲリオン新劇場版:破 ラスト

 このことから、カヲルは、異なるパラレルワールドをループするエヴァ世界において、唯一記憶や人格を維持したまま存在する特別な存在であることが分かります。

 カヲルの正体については、別途考察します。

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